ある政治家の退場
世間がワールドカップの熱戦に湧く中で、「現代ドイツでもっとも人気を博した政治家」とも言われたある政治家が先日、政治のピッチを静かに去りました。

ヨシュカ・フィッシャー氏、58歳。ドイツの元外相(1998−2005)、そしてドイツの環境政党「緑の党」の党首を務めたお方です。高校中退後、タクシー運転手などをしながら左翼系の政治運動に身を投じ、80年代前半に当時まだできたばかりの緑の党に参加してたちまち頭角を現しました。91年にはフランクフルトのあるヘッセン州の環境大臣に就任。ジーパンとテニスシューズ姿で就任宣誓に臨んだエピソードは、彼の政治人生を語る上で欠かせません。その後、緑の党は98年の総選挙を機に社会民主党との連立によって国政に参加するまでに成長。政権の一翼を担った2005年までの間に、ドイツで有機農業や自然エネルギーがここまで拡大したのは、同党の国政への参加なくしてはありえなかっただろうと思います。
一方、外相に就任したフィッシャー氏は、第二次大戦での敗戦以来のタブーを破って、NATO(北大西洋条約機構)軍のコソボ空爆、さらにタリバン崩壊後のアフガニスタンでの平和維持活動へのドイツ軍派兵を断行。一連の行動は、Love&Peaceな環境政党を政権担当能力を備えた現実路線に転換させたとして多くの賛同を得た反面で、戦争反対・平和志向の伝統的な党支持者たちからの反発も大きかったのでした。評価の分かれる政治家ではありますが、20年足らずの間に世界でもっとも成功した環境政党を作り上げた手腕と功績は素直に認められて良いでしょう。フィッシャー氏は今後、9.11後の国際危機管理外交をテーマに米プリンストン大学で教鞭を取るそうです。
さて、フィッシャー氏を失った現在の緑の党の党勢はなかなか厳しいものがあります。今のドイツの最重要課題と言えば財政再建に社会保障改革、そして何より雇用です。政策の選択肢が限られていることもあり、環境政党として独自性を発揮するどころか、このままでは従来からの二大政党(社会民主党とキリスト教民主・社会同盟)と最近成長している2つの野党(自由民主党と左派党)との間で埋没しかねない状況。次の20年も生き残っていけるのか、緑の党はこれから正念場を迎えることでしょう。
ところで、日本には環境政党というものがありません。俳優の中村敦夫氏率いる「みどりの会議」という政治団体がかつてありましたが、中村氏の議席喪失によって同団体も消滅してしまいました。現在は、「みどりのテーブル」という任意のネットワークがこれまでの活動を引き継ぐ形で活動を続けているようです。エコロジーやロハスへの関心がこれまでにない広がりを持ち始めた今、日本でもこのような関心を持つ層を受け留める政治の場が必要だと感じています。
おまけ:英国の緑の党議員が書いたこんな本を読みました。
この中で、Green Politics とは「グローバル化の弊害を取り除くために地域に即した代替案を提示すること」とされています。所得再配分や規制強化をはじめとする政府の役割拡大を志向する従来型の左派とは異なる、ましてや環境汚染に反対するだけのエコロジストとも一線を画す姿勢。日本の政治状況からはGreen Politics の兆しはほとんど見えませんが、21世紀の政治の潮流を考える上で非常に参考になる本です。

ヨシュカ・フィッシャー氏、58歳。ドイツの元外相(1998−2005)、そしてドイツの環境政党「緑の党」の党首を務めたお方です。高校中退後、タクシー運転手などをしながら左翼系の政治運動に身を投じ、80年代前半に当時まだできたばかりの緑の党に参加してたちまち頭角を現しました。91年にはフランクフルトのあるヘッセン州の環境大臣に就任。ジーパンとテニスシューズ姿で就任宣誓に臨んだエピソードは、彼の政治人生を語る上で欠かせません。その後、緑の党は98年の総選挙を機に社会民主党との連立によって国政に参加するまでに成長。政権の一翼を担った2005年までの間に、ドイツで有機農業や自然エネルギーがここまで拡大したのは、同党の国政への参加なくしてはありえなかっただろうと思います。
一方、外相に就任したフィッシャー氏は、第二次大戦での敗戦以来のタブーを破って、NATO(北大西洋条約機構)軍のコソボ空爆、さらにタリバン崩壊後のアフガニスタンでの平和維持活動へのドイツ軍派兵を断行。一連の行動は、Love&Peaceな環境政党を政権担当能力を備えた現実路線に転換させたとして多くの賛同を得た反面で、戦争反対・平和志向の伝統的な党支持者たちからの反発も大きかったのでした。評価の分かれる政治家ではありますが、20年足らずの間に世界でもっとも成功した環境政党を作り上げた手腕と功績は素直に認められて良いでしょう。フィッシャー氏は今後、9.11後の国際危機管理外交をテーマに米プリンストン大学で教鞭を取るそうです。
さて、フィッシャー氏を失った現在の緑の党の党勢はなかなか厳しいものがあります。今のドイツの最重要課題と言えば財政再建に社会保障改革、そして何より雇用です。政策の選択肢が限られていることもあり、環境政党として独自性を発揮するどころか、このままでは従来からの二大政党(社会民主党とキリスト教民主・社会同盟)と最近成長している2つの野党(自由民主党と左派党)との間で埋没しかねない状況。次の20年も生き残っていけるのか、緑の党はこれから正念場を迎えることでしょう。
ところで、日本には環境政党というものがありません。俳優の中村敦夫氏率いる「みどりの会議」という政治団体がかつてありましたが、中村氏の議席喪失によって同団体も消滅してしまいました。現在は、「みどりのテーブル」という任意のネットワークがこれまでの活動を引き継ぐ形で活動を続けているようです。エコロジーやロハスへの関心がこれまでにない広がりを持ち始めた今、日本でもこのような関心を持つ層を受け留める政治の場が必要だと感じています。
おまけ:英国の緑の党議員が書いたこんな本を読みました。
| Green Alternatives to Globalization: A Manifesto Michael Woodin、Caroline Lucas 他 (2004/04/23) Pluto Pr この商品の詳細を見る |
この中で、Green Politics とは「グローバル化の弊害を取り除くために地域に即した代替案を提示すること」とされています。所得再配分や規制強化をはじめとする政府の役割拡大を志向する従来型の左派とは異なる、ましてや環境汚染に反対するだけのエコロジストとも一線を画す姿勢。日本の政治状況からはGreen Politics の兆しはほとんど見えませんが、21世紀の政治の潮流を考える上で非常に参考になる本です。
- [2006/06/29 00:00]
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初の女性首相だけど…
総選挙から65日。ようやく今日、ドイツの新首相が就任しました。

保守系キリスト教民主同盟(CDU)党首のアンゲラ・メルケル氏(51)。ドイツ初の女性首相の誕生です。当時与党の社会民主党(SPD)と野党のCDUが、選挙でともに連立による過半数を獲得できなかったのを機に始まった、異例の与野党大連立協議を実らせた末のこと。多少の祝賀ムードがあっても良さそうなところなのに、そういう雰囲気がほとんど感じられません。なぜだろうかと考えてみると…。
まずもって、メルケル氏本人のキャラクターが、初の女性首相誕生という祝賀ムードを醸し出すようなものとは程遠い。この人、旧東独出身で元々は物理学の研究者。共産政権下で感情を表に出すのを抑えられ、仕事柄「愛想笑い」も必要とされなかったのかもしれないけれど、それにしても笑いません。感情的にならずに淡々と事実を語るスタイルは、ここぞという時に情緒たっぷりに聴衆を盛り上げる自在の語り口で鳴らしたシュレーダー前首相のそれとは正反対です。
前首相は政策面では不人気でしたが、個人的にはそれなりに人気者でした。一方、メルケル氏の人気のなさは、CDUが選挙で勝てなかった原因にまで持ち出される有様。同じ女性の間で人気がないのも痛い。「笑う門には福来る」。国民から親しまれ、愛される存在になりたければ、メルケル首相はお愛想でもいいからもう少し笑ったほうがいい。
とはいえ、別に愛嬌がなくても、リーダーとしてやるべきことをやってきちんと実績を上げてくれればもちろんそれで構わない。でも、肝心の政策を見ると、それもちょっとおぼつかないのではないかと思えてしまいます。
例えば、2007年から付加価値税が(消費税)19%(現在16%)に上がり、高額所得者の所得税率(最高42%)も3ポイント上がります。労使で出し合う年金保険料の料率も19.9%(現在19.5%)にアップ。懸案の財政赤字を改善し、新技術開発への支援などと合わせて、停滞する経済の活性化を狙ったものなのですが、とにかく負担増のオンパレード。これでは、97年4月の消費税値上げで回復基調にあった景気を失速させた日本の経済失政を連想させます。普段から堅実、悪く言えばケチなドイツの人々が、一連の負担アップを前に財布の紐を固く絞める姿は、想像に難くありません。
本人のキャラクターと政権への期待度の低さが消し去ってしまった感のある、初の女性首相誕生の祝賀ムード。単なる“お飾り”で終わりたくなければ、メルケル首相は国民を見返す成果を出すしかありません。さて、どうなることやら。お手並み拝見です。

保守系キリスト教民主同盟(CDU)党首のアンゲラ・メルケル氏(51)。ドイツ初の女性首相の誕生です。当時与党の社会民主党(SPD)と野党のCDUが、選挙でともに連立による過半数を獲得できなかったのを機に始まった、異例の与野党大連立協議を実らせた末のこと。多少の祝賀ムードがあっても良さそうなところなのに、そういう雰囲気がほとんど感じられません。なぜだろうかと考えてみると…。
まずもって、メルケル氏本人のキャラクターが、初の女性首相誕生という祝賀ムードを醸し出すようなものとは程遠い。この人、旧東独出身で元々は物理学の研究者。共産政権下で感情を表に出すのを抑えられ、仕事柄「愛想笑い」も必要とされなかったのかもしれないけれど、それにしても笑いません。感情的にならずに淡々と事実を語るスタイルは、ここぞという時に情緒たっぷりに聴衆を盛り上げる自在の語り口で鳴らしたシュレーダー前首相のそれとは正反対です。
前首相は政策面では不人気でしたが、個人的にはそれなりに人気者でした。一方、メルケル氏の人気のなさは、CDUが選挙で勝てなかった原因にまで持ち出される有様。同じ女性の間で人気がないのも痛い。「笑う門には福来る」。国民から親しまれ、愛される存在になりたければ、メルケル首相はお愛想でもいいからもう少し笑ったほうがいい。
とはいえ、別に愛嬌がなくても、リーダーとしてやるべきことをやってきちんと実績を上げてくれればもちろんそれで構わない。でも、肝心の政策を見ると、それもちょっとおぼつかないのではないかと思えてしまいます。
例えば、2007年から付加価値税が(消費税)19%(現在16%)に上がり、高額所得者の所得税率(最高42%)も3ポイント上がります。労使で出し合う年金保険料の料率も19.9%(現在19.5%)にアップ。懸案の財政赤字を改善し、新技術開発への支援などと合わせて、停滞する経済の活性化を狙ったものなのですが、とにかく負担増のオンパレード。これでは、97年4月の消費税値上げで回復基調にあった景気を失速させた日本の経済失政を連想させます。普段から堅実、悪く言えばケチなドイツの人々が、一連の負担アップを前に財布の紐を固く絞める姿は、想像に難くありません。
本人のキャラクターと政権への期待度の低さが消し去ってしまった感のある、初の女性首相誕生の祝賀ムード。単なる“お飾り”で終わりたくなければ、メルケル首相は国民を見返す成果を出すしかありません。さて、どうなることやら。お手並み拝見です。
- [2005/11/23 00:00]
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日独総選挙、答えの違いは「社会正義」にあり
シュレーダー首相が進める構造改革の是非を焦点に行われたドイツ総選挙は、連立与党の社会民主党(SPD)と緑の党、保守野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)がともに過半数を確保できず、政権の枠組みが今後の連立交渉に委ねられるという異例の結果に。ドイツ国民は、手厚い社会保障の削減を含む痛みを伴うシュレーダー首相の構造改革に無条件のゴーサインを出さなかった一方で、ビジネス界や富裕層寄りの政策を掲げて構造改革に挑むとした保守野党にも簡単には政権を担当させないという意思を示しました。


少子・高齢化を受けた社会保障改革や、低迷する経済活性化の必要性が叫ばれている点など共通点の多い日本とドイツで奇しくも相次いで総選挙が行われたのですが、同じような課題に直面しているのに、両国の有権者は随分異なる審判を下したものです。この違い、両国国民の「社会正義」(Sozial Gerechtigkeit)に対する考え方から来ているのではないかと思うのです。
社会的弱者に配慮しながら、誰に対しても公平な社会を築くことを善しとする社会正義という考え方。ドイツ基本法(憲法)では、社会正義を実現するよう努力することが国の義務として規定されていて、国民の間でも広く認識されています。500万人にも上る失業者、膨らみ続ける社会保障費、低迷する経済-。このままではいけないと感じ、構造改革の必要性を分かっている人は、日本と同様に数多くいます。しかし彼らは、新たな雇用の場を作り出すことなく、増え続ける失業者への生活保障をカットする与党のやり方も、消費税値上げに所得税率の一律化にと弱者直撃の政策を次々と打ち出す野党の姿勢もともに認めませんでした。弱者を生み出す改革は本当の改革ではない、社会正義を重視するドイツ社会を正しい方向には導かない、という判断だったのでしょう。
白か黒かの選択肢からどちらかを選ぶのは、政治家にとっても有権者にとっても簡単なこと。改革志向を自任するシュレーダー首相だって、消費税を値上げできるならば、所得税を一律25%にできるならばとっくにやっているでしょう。でもそうしないのは、社会正義に敏感な国民の心情に配慮しなければ改革を成し遂げられないことが分かっているからです。
対する日本の有権者。郵政民営化だけを争点に仕立て上げたリーダーになびいて、他の構造改革の是非をあっさり白紙委任してしまいました。弱者を生み出す改革は本当の改革ではないと考える有権者の声は、あまりにも小さいようです。


少子・高齢化を受けた社会保障改革や、低迷する経済活性化の必要性が叫ばれている点など共通点の多い日本とドイツで奇しくも相次いで総選挙が行われたのですが、同じような課題に直面しているのに、両国の有権者は随分異なる審判を下したものです。この違い、両国国民の「社会正義」(Sozial Gerechtigkeit)に対する考え方から来ているのではないかと思うのです。
社会的弱者に配慮しながら、誰に対しても公平な社会を築くことを善しとする社会正義という考え方。ドイツ基本法(憲法)では、社会正義を実現するよう努力することが国の義務として規定されていて、国民の間でも広く認識されています。500万人にも上る失業者、膨らみ続ける社会保障費、低迷する経済-。このままではいけないと感じ、構造改革の必要性を分かっている人は、日本と同様に数多くいます。しかし彼らは、新たな雇用の場を作り出すことなく、増え続ける失業者への生活保障をカットする与党のやり方も、消費税値上げに所得税率の一律化にと弱者直撃の政策を次々と打ち出す野党の姿勢もともに認めませんでした。弱者を生み出す改革は本当の改革ではない、社会正義を重視するドイツ社会を正しい方向には導かない、という判断だったのでしょう。
白か黒かの選択肢からどちらかを選ぶのは、政治家にとっても有権者にとっても簡単なこと。改革志向を自任するシュレーダー首相だって、消費税を値上げできるならば、所得税を一律25%にできるならばとっくにやっているでしょう。でもそうしないのは、社会正義に敏感な国民の心情に配慮しなければ改革を成し遂げられないことが分かっているからです。
対する日本の有権者。郵政民営化だけを争点に仕立て上げたリーダーになびいて、他の構造改革の是非をあっさり白紙委任してしまいました。弱者を生み出す改革は本当の改革ではないと考える有権者の声は、あまりにも小さいようです。
- [2005/09/19 00:00]
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社会民主主義はどこへ?
9月11日の投票日に向けて日本の衆院選の火ぶたが切って落とされましたが、ここドイツでも衆院選翌週18日の連邦議会選挙(総選挙)に向けて選挙戦が続いています。
最近の各種世論調査では、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率が40%台半ばで推移する一方、 与党・社会民主党(SPD)は30%程度で、連立相手の緑の党と合わせても劣勢に立たされています。ただ、首相に誰を望むかとの質問への回答では、与党のシュレーダー首相が野党首相候補のメルケルCDU党首を常に上回っています。「社会保障費の大幅削減や労働市場改革が盛り込まれた与党の政策は気に入らないけれども、リーダーはやはりシュレーダー首相のままが良い」という、何ともねじれた国民感情がはっきりと表れていますね。
さて、連立与党と最大野党の対決というこうした構図の中にあって、与党も野党も政策的にはほとんど変わらず、我々こそが真の社会民主主義政党とばかりに、今回の選挙で新しい政党が誕生しています。
Die Linkspartei 、直訳すると「左派党」という何とも分かりやすい名前のこの政党、旧東独地域を地盤とする社会主義政党に与党SPDの元党首を含む左派が合流する形でできたのですが、高負担・高給付のこれまでの社会保障・労働政策を見直す与党の改革路線に反対するばかりで、対案らしいものを提示していません。おまけに、このSPDの元党首という人物がスペインのマヨルカ島にプライベートジェット機を使って休暇に訪れていたと報じられ、マスコミに”Luxus Linke(贅沢な左派)”などとからかわれる始末。これでは、与党の改革を行き過ぎと考える人々の支持すらも得られないでしょう。

左派党の集会を呼びかけるポスター。「万人のための政治−億万長者のためではない」と言うけれど…。
自民党も民主党も政策上ほとんど変わらない、というのが野党の社民党や共産党の主張するところ。しかし、これらの政党から対案、しかも段階的でも構わないから実現できそうな現実的な対案が出ているかというとちょっと疑問です。政権与党のドラスチックな改革の行き過ぎを正し、少しでも多くの人々に一定の生活レベルを保障する社会民主主義的な立場から対案を出せる政党に影響力がないのは、世界共通の不幸な現状だと思うのです。
最近の各種世論調査では、最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率が40%台半ばで推移する一方、 与党・社会民主党(SPD)は30%程度で、連立相手の緑の党と合わせても劣勢に立たされています。ただ、首相に誰を望むかとの質問への回答では、与党のシュレーダー首相が野党首相候補のメルケルCDU党首を常に上回っています。「社会保障費の大幅削減や労働市場改革が盛り込まれた与党の政策は気に入らないけれども、リーダーはやはりシュレーダー首相のままが良い」という、何ともねじれた国民感情がはっきりと表れていますね。
さて、連立与党と最大野党の対決というこうした構図の中にあって、与党も野党も政策的にはほとんど変わらず、我々こそが真の社会民主主義政党とばかりに、今回の選挙で新しい政党が誕生しています。
Die Linkspartei 、直訳すると「左派党」という何とも分かりやすい名前のこの政党、旧東独地域を地盤とする社会主義政党に与党SPDの元党首を含む左派が合流する形でできたのですが、高負担・高給付のこれまでの社会保障・労働政策を見直す与党の改革路線に反対するばかりで、対案らしいものを提示していません。おまけに、このSPDの元党首という人物がスペインのマヨルカ島にプライベートジェット機を使って休暇に訪れていたと報じられ、マスコミに”Luxus Linke(贅沢な左派)”などとからかわれる始末。これでは、与党の改革を行き過ぎと考える人々の支持すらも得られないでしょう。

左派党の集会を呼びかけるポスター。「万人のための政治−億万長者のためではない」と言うけれど…。
自民党も民主党も政策上ほとんど変わらない、というのが野党の社民党や共産党の主張するところ。しかし、これらの政党から対案、しかも段階的でも構わないから実現できそうな現実的な対案が出ているかというとちょっと疑問です。政権与党のドラスチックな改革の行き過ぎを正し、少しでも多くの人々に一定の生活レベルを保障する社会民主主義的な立場から対案を出せる政党に影響力がないのは、世界共通の不幸な現状だと思うのです。
- [2005/09/05 00:00]
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お祭り騒ぎなテレビ討論
総選挙まであと2週間となったドイツでは昨晩、与党社会民主党(SPD)のシュレーダー首相と野党キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル党首によるテレビ討論が生中継されました。米国の大統領選時に行われるテレビ討論を参考にする形で、前回2002年の総選挙から始まったドイツのテレビ討論。でも、本家と比べると、討論の形式や進行方法など色々な点で未熟さが目立ちました。
昨晩のテレビ討論は、2つの国営放送と民放2局から起用されたキャスター計4人からの質問に2人が答える形。4人は分担して質問する段取りをあらかじめ決めていたようなのですが、せっかく両者の応酬が盛り上がっているのに全く違う文脈の質問をしたり、複数のキャスターが質問する声が重なり合う場面もあったりで、ちょっと不快に感じました。米国の場合、計3回のテレビ討論には3大ネットワークが持ち回りでキャスターを出し、この人一人が大統領候補者たちとじっくり向き合います。司会者ははっきり言って4人も必要なし。各テレビ局が「我が局の代表」とばかりに見栄を張って出しているだけであれば、視聴者である有権者にとっては迷惑な話です。
それから、与野党の首相候補が直接対決する貴重な機会が、聴衆のいないスタジオ内だけで行われるというのも、ちょっともったいない。米国のテレビ討論の場合、候補者たちは聴衆が観戦する中で聴衆からの質問に直接歩み寄って答え、時には聴衆の先にいる視聴者に向かって語りかけるようにカメラに向かって視線を送る光景が見られます。パフォーマンスが重視される「テレポリティック」の弊害はもちろんありますが、文章上の政策論争からだけでは垣間見えない候補者の一挙手一投足を見られるところにこそ、テレビ討論をやる意味があるとも思うのです。
テレビ討論はほとんどの局で中継され、政治ジャーナリストや評論家らを招いた討論前後の企画番組も含めて、とにかくテレビ局側は気合い十分。一方、公共第一放送(ARD)の世論調査によると、テレビ討論は投票行動を決める上で重要ではないと考える人が76%にも上っている。はしゃぎ盛り上がっているのはひとりマスコミだけ、といったところのようです。
低迷するドイツ経済の立て直し策やトルコのEU加盟問題などが議論された約90分間の勝負の結果は、予想通りシュレーダー首相が勝利したものの、メルケル党首が予想以上に健闘したという評価も目立ちます。そして、依然として各種世論調査では、CDUと姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)、連立を組む予定の自由民主党(FDP)の野党連合がリードしています。マスコミ受けが良く演説にも定評があることから「メディア宰相」「演壇のマイスター」などという異名を持つシュレーダー首相も、さすがに形勢を挽回するのは苦しいかも。
そういえば昨晩のテレビ討論開始前、スタジオに入ったシュレーダー首相は、ポケットからおもむろにデジカメを取り出してキャスター陣にカメラを向けると、今度はキャスターの一人にカメラを差し出して、メルケル党首とともにニッコリとカメラに納まっていました。これって余裕の表れ、それとも思い出アルバム作りモードなのでしょうか…。
昨晩のテレビ討論は、2つの国営放送と民放2局から起用されたキャスター計4人からの質問に2人が答える形。4人は分担して質問する段取りをあらかじめ決めていたようなのですが、せっかく両者の応酬が盛り上がっているのに全く違う文脈の質問をしたり、複数のキャスターが質問する声が重なり合う場面もあったりで、ちょっと不快に感じました。米国の場合、計3回のテレビ討論には3大ネットワークが持ち回りでキャスターを出し、この人一人が大統領候補者たちとじっくり向き合います。司会者ははっきり言って4人も必要なし。各テレビ局が「我が局の代表」とばかりに見栄を張って出しているだけであれば、視聴者である有権者にとっては迷惑な話です。
それから、与野党の首相候補が直接対決する貴重な機会が、聴衆のいないスタジオ内だけで行われるというのも、ちょっともったいない。米国のテレビ討論の場合、候補者たちは聴衆が観戦する中で聴衆からの質問に直接歩み寄って答え、時には聴衆の先にいる視聴者に向かって語りかけるようにカメラに向かって視線を送る光景が見られます。パフォーマンスが重視される「テレポリティック」の弊害はもちろんありますが、文章上の政策論争からだけでは垣間見えない候補者の一挙手一投足を見られるところにこそ、テレビ討論をやる意味があるとも思うのです。
テレビ討論はほとんどの局で中継され、政治ジャーナリストや評論家らを招いた討論前後の企画番組も含めて、とにかくテレビ局側は気合い十分。一方、公共第一放送(ARD)の世論調査によると、テレビ討論は投票行動を決める上で重要ではないと考える人が76%にも上っている。はしゃぎ盛り上がっているのはひとりマスコミだけ、といったところのようです。
低迷するドイツ経済の立て直し策やトルコのEU加盟問題などが議論された約90分間の勝負の結果は、予想通りシュレーダー首相が勝利したものの、メルケル党首が予想以上に健闘したという評価も目立ちます。そして、依然として各種世論調査では、CDUと姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)、連立を組む予定の自由民主党(FDP)の野党連合がリードしています。マスコミ受けが良く演説にも定評があることから「メディア宰相」「演壇のマイスター」などという異名を持つシュレーダー首相も、さすがに形勢を挽回するのは苦しいかも。
そういえば昨晩のテレビ討論開始前、スタジオに入ったシュレーダー首相は、ポケットからおもむろにデジカメを取り出してキャスター陣にカメラを向けると、今度はキャスターの一人にカメラを差し出して、メルケル党首とともにニッコリとカメラに納まっていました。これって余裕の表れ、それとも思い出アルバム作りモードなのでしょうか…。
- [2005/09/05 00:00]
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